人生の山中にて

とりあえず、書きたくなったら書きます。

マチネの終わりまでの長い過去 「マチネの終わりに/平野啓一郎」

「ラストシーンが最高で賞」があるとすれば、どのような作品が思い浮かぶだろうか?

 

僕が真っ先に思い出すのは、「ジョー・ブラックをよろしく」だ。

あれほど、何度も観たくなるラストシーンはないのではないか。ネタバレをしたくないので、amazonプライムで見て欲しい。3時間夜更かしする価値は保証する。

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引用:Amazon ジョー・ブラックをよろしく [DVD]
 

過去は変えられる

 

さて、「マチネの終わりに」である。

最高であった。

御託を10行ぐらい並べた後、めんどくせーと消して。

言いたいことだけ言う。

 

この物語は、「過去は未来によって変えられる、変わってしまう」という言葉を軸に構成される5年半の蒔野と洋子という40代男女の話だ。

そして、この5年半を読者もページをめくるという形で辿ることになる。前半戦で、キザな、もうどう考えてもキザな主人公である蒔野が過去は変えられると発言して、恋が始まってしまう。

 

人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、これぐらい繊細で感じやすいものなのではないですか?

 

この言葉は、二人の関係が始まった瞬間の言葉である。だから、この瞬間二人の過去は存在しない。惹かれ合った瞬間の言葉がこの言葉であることがこの物語を読み終わった人たちにとってどれだけ感慨深いものか。

 

そう、この言葉がもうすでに予見しているのだ、変えられるべき過去を持つ二人の恋を。

 

「過去は変えられる」というとても魅力的な言葉は、この物語の中で何度も出てくる。とてもきれいな形で、知的に使われる。その綺麗さとかは読んで噛み締めていただけたらいい。

 

僕が読んでいて感動していたのは。読み進めていくときの本という媒体とこの物語の相性の良さだ。5年半の物語を読者はまっすぐ一緒にすすむことになる。前半はとても魅力的な文章で何も考えずに読んでいたが、前半戦が終わった頃に気づき始めた。

 

蒔野と洋子の過去を作っているのは読者である僕だ

5年半を回想もなく真っすぐ進んでいく、そして、互いが傷を追って、すれ違っていく。その中でも、「過去は変えられる」という言葉が寄す処となり、二人の関係が改善してくことを読者は願う。

 

読み進めるページは、“こうなって欲しい”であり、読んできたページは、“こうすればよかったのに”が並んでいく。ページを進めるたびに、二人の変えられるべき過去を読者は作っていく。そんな錯覚に落ちていく。

 

そして、後半戦も後半戦。重要人物がこのように洋子を諭す。

 

自由意志というのは、未来に対してなくてはならない希望だ。自分には、何かが出来たはずだと、人間は信じる必要がある。そうだね? しかし洋子、だからこそ、過去に対しては悔恨となる。何かできたはずではなかったか、と。 運命論の方が慰めになることもある。

 

二人が作ってきた(読者たちがめくってきた)過去は運命論として見てしまえば、何も期待しないただの何も変わらないもののはずなのだ。しかし、洋子はこの重要人物との会話によって過去は変えられるという思いを強くする。
 
現実はだから、過去と未来との矛盾そのものね。

 

だから、今よ、間違ってなかったって言えるのは。今、この瞬間。私の過去を変えてくれた今。

 

読者は、何度も運命論にくじかれそうになり、めくってきたページが無駄になってしまうのではないか?と思いながらこのシーンを読み、聡明で知的な洋子が、最後の最後のラストに向かっていくその歩みをページでめくっていく。
 
 
もうこの最後の10ページぐらいで、読んでいる僕はもう。どうでもいい気分になっている。どんなラストでも。きっと、過去は変えられるし、変わってしまうと。
 
 
ああああまた、泣けてきた。
 
 

これほど、ラストに向けて自分が物語を進めていると思った小説はなかった。いや、自分が読んでいるのだから、物語をすすめるのは自分なのだけれど。ラストだって、ほとんどわかっている。タイトルが「マチネの終わり」なんだから。

 

みなさんも、読んでいただきたい。

 

読んだら、感想を聞かせてください。僕は、もう一度自分用に買って読もうと思います(本は妹のもの)。今度はたくさん言葉をメモして、なんか自分が物語を進めている気でいたから言葉のメモあんま取れなかったし。

 

是非に。