人生の山中にて

それもまた、一局。

満を辞して個性を殺せ。

 

 

個性を大切にしよう。

 

 

対他人に対しては完全に同意である。相手をちゃんと1個人として扱うのは、とても大切だと思う。

 

 

ただ、そろそろ自分の個性についてはへし折ったりしてもいいのではないか?

 

 

個性とは、自分の特徴であり、その特徴は元を辿ればこれまでの教育環境やら生活環境の寄せ集めだ。

 

もっと元を辿れば、個人の選ぶことのできない親とか幼少期の体験とかそうゆうものから形成されたものだ。

 

 

ここまで考えると一気に、なんか自由で、自分が選択できることのように見える「個性」とか「自分らしさ」が窮屈な足かせに見えてくる。

 

 

もっと遠くに。今の自分の知らないものはきっとこの足かせ、この重力の中心から遠いところにある。

 

 

 

では、個性を殺そう。満を辞して殺していこう。

 

 

もう人生ある程度まできた。

 

 

どうせ、足掻いたとしても私たちの足は、今まで歩いてきたこの地面に引っ付いたままだ。

 

 

いきなりどっかにぶっ飛んでいきゃしない。どう頑張っても離れられないだけの重力が、僕たちの個性の中心地には蓄積されているはずだから。自分にとって没個性的な試みも他人から見たら、個性的に見えるだろう。

 

それだけが、個性の中心を少しずつじわじわと変えていける。

 

 

電車の時間になんか適当書くようになってきた。適当に読む時期ももう時期きそう。